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ここまではまだ、想像の範囲内だった。新品の新交通システム、何とかライナーとかいうフルオートの列車に乗っての、広大な海原を横断する旅程だとか、そんな先にあった孤島へと上陸し、華やかにも多種に渡っての色んなコスプレを身にまとった年若なスタッフの方々に、にこやかなお出迎えをされたこと。楽しい遊園地へやっと着いたぞという沸き立つ気持ちと…それから、あのね? 同行して来た他の招待客の人々もそうだけれど、自分たちだけに通じる特別な呪文というか共通語というか、それが通じ合う仲間だよというよな空気を目配せだけで確かめ合えて。日頃はちょっと、大好きなのに何とはなくの照れも出てしまうこと、此処では意識しないでもいいんだよと、羽をお伸ばしよと言われているようで何だか擽ったかったこととか。そんなこんなを抱えた胸が、これでもかと膨らむのを宥めながら進んだ先、
「…うわぁ〜〜〜。」
地下から上がって来たには違いなかったけれど、高台へまで上がるほどの階段やらを昇った覚えはなかったから。明るく開けた視界を仰ぎ、単に“地上”へ出たまでだと思っていたその視野へ、予想なくの どんと広がったのは何とも広大な眺望で。一番遠くには海の青が陽を受けて煌くのが見えるのだが、そこへ至るまでの間には中世の欧州のそれを思わせるような、どこかかわいらしい町並みが広がっているし、ところどころには木立だろうか果樹園だろうか、緑の固まってるばかりで中は見えない部分もあり。右手側には衝立みたいに町へと迫る岩屋もある。きっとゆるやかな傾斜になってもいるのだろうが、先の先までの奥行き深く、家並みが豆粒みたいな大きさになっても見渡せるほど、ずっと遠くまでを一望出来るのが何とも言えず圧巻であり。陽に白く晒された石畳の広場に出て来た皆して、申し合わせるまでもなくの立ち止まると、揃ってその風景に見惚れてしまったほどだった。
「ある意味でパノラマ効果ってやつだな。」
「パノラマ?」
繰り返したルフィへ ああと頷いたゾロが言うには、
「これが単なる平坦な土地だったなら、どうやって工夫をしたところで、ただの原野ではない以上、途中で建物や何やに遮られ、視野には限界が生じるもんだが。なだらかな傾斜をつけたその上で、建物の配置にも工夫をし、途中を遮らずにおいているから。とんでもない距離が素通しで臨めて、その圧巻さを生かせてる。」
その傾斜に気づかせぬよう、此処まで上がってくる途中の順路、恐らくは階段以外のところにも少しずつ傾斜が設けられてあったに違いなく。
「そんなに高いところまで上がってないのにと思うから、余計にこの見晴らしが遠大な絶景に見えるんだよ。」
「ふえ〜〜〜。」
ちなみに、パノラマというのは、描いた背景の前へ作り物の建物や町の模型を並べて、さも展望台か何かから臨んでいる壮大な風景であるかのように展開させた装置のことで、そこから壮大な絶景とか広大で素晴らしい眺望という意味も生じたそうな。
「さぁて。」
ああやっと着いたのだという感慨も深く、それぞれがそれぞれなりの感動を噛みしめて。きゃわきゃわと騒いだり早速の記念撮影だとばかり、携帯電話を取り出していたりする“ゲスト”たちのある意味での狂態を、微笑ましくも和やかに見やっているのは、りぼんちゃんのようなガイド役のスタッフの皆さんだろう何人か。自分が担当するゲストの方々へと声をかけ、街道を模した古びた道をさあ進みましょうと促し始める。舞台になっているゲームの世界観を尊重しての、此処もまたどこか年季の入ったそれへと見えるよう、わざわざ汚して…というか、風化させてあるのが何とも味わい深く。いかにも手作りという組まれ方をした柵の向こうには青々とした草原が広がっていて、羊の群れが遠くの方に放たれている。そんな牧歌的な風景を体感しつつ、そのまま最初の町に入るよう、お膳立てがされており、
「あら、ごきげんよう。」
「旅の人、こんにちは。」
そこには村人という設定なのだろう、足元まで裾のある淡色の衣装をまとった人々が見受けられ、新たに入って来た今時の装束の一団へと笑顔を向けて下さり。そちらは先に着いたゲストなのか、衣紋は中世風であるものの、挙動は変わらずで、やはり携帯電話をかざしての撮影に余念がないからすぐにも判るグループもちらほらと。
「…そういえば、携帯電話を使ってもいいの?」
こういうイベントでは、雰囲気を大事にするためとそれから、情報を外部に垂れ流されぬようにという意味合いから、通信グッズは一時取り上げという扱いになるのがセオリーではなかろうか。そうと気がついたらしいルフィの呟きへ、
「持っていていただいて構いませんよ。」
りぼんちゃんがすかさずのお返事をしてくれて。
「身分証の代わりになりますから、むしろいつも持っててほしいです。何か困ったときには、センターまでのご連絡に使っていただけますし、それに、此処にはまだ中継塔などが設置されてはおりませんので、携帯電話で外部への連絡までは出来ません。」
にこりんと説明されて、だが、
「…じゃあどうやって連絡取るの?」
心から。不思議そうにキョトンとしたルフィの小さな肩に手を載せて、
「ケーブルを使っての通話をするために、回線ってのがちゃんと引いてあるんだよ。」
言い聞かせるようにして、選りにも選ってのゾロがわざわざ言って差し上げれば、
「…あ、そっか。////////」
言われてみれば理屈も判るか、遅ればせながらに気がついたらしくてちょっぴり赤くなる。これだから今時のモバイルっ子はと、苦笑しながらも呆れた破邪さんだったけれど。そんな彼のお耳には、
「あ、そかそか。」
「何だよ、そうに決まってんじゃんか。」
「おんやぁ〜? 知ったかぶりしちゃって。」
「何だよ、それ。」
「だってあんた、あの子と同じよにポカンとしてたじゃん。」
「う…。」
そういう声が次々に届いたから…そうか、そういう世代ばっかが集まっているのかと、改めて思い知っていたりして。実際の話、GPSだの外国に行っても使えるぞモバイルも定着して久しい昨今なだけに、そういうワイヤレスものが隆盛を極めた末の常態化したのと入れ替わり、今はまた 光ケーブルなんぞが代表しての“回線”系が、先進の技術扱いされているもんなんでしょうかね。
「では、今日のお宿へご案内致しましょう。」
こちらのあたふたっぷりも、迎え撃つ側にすりゃあ…来る人来る人が見せてくれているもの、今更なことであって新鮮さには欠けるのか。苦笑も動じもしないまま、ガイド役のスタッフさんたちが、さあさこっちですよとお客様を促して。そうやって辿り着いたは、ちょっぴりみすぼらしい外観の、二階家ほどの宿坊で。修道院だか教会だかの施設を模した外観はやっぱりお見事ではあるけれど、板張りの壁はどれほどの風雨に耐えたかすっかりと煤けているし、木枠の窓も小さく古びての、
「ええ〜? こんな冴えないところに泊まるの〜?」
いくらこれが忠実な世界観の実現化だと判っていても、そして、そんな世界を体験出来ることを望んでやって来た身だとはいっても。たとえば…そこいらを流れてる水路の水を“きれいだから大丈夫ですよ”と掬って飲めと勧められても、そこはやっぱり少なくはない抵抗があるように。いいことばっかではないのだよという最初の関門に直面しての不平が、こそこそと出かかりもしたものの、
「まあま、とにかく入ってみて下さいな。」
りぼんちゃんのお声の妙に楽しげな語調へ“おやや?”と。ルフィが気づいての意外に感じたのは。ここまでのゲストの言動には動じなかったスタッフの皆さんが、打って変わっての妙にわくわくと、笑いを堪えてでもいるようなお顔になっていたから。
――― 何かしら胸がすくような反応があること、期待してる?
そうと気づいたらもう、好奇心が止まらない。傍らにいるお兄さんの腕を取り、
「ゾロ、入ろ。」
「あ? ああ、おう。」
見下ろせば“さあ、ここから肝試しだvv”とでも言いたげなお顔。未知のものを前にして尻尾の膨らんだ仔猫みたいだなと、再びの苦笑をかみ殺しつつ。そんな坊やの肩越しに手を伸ばし、いかにも煤けた正面のドア、観音扉を左右に押し開けば。ところどころが欠けたタイルを敷いた三和土たたきがあって、低い段差の先には毛羽立った敷物を敷き詰めた薄暗いホールが広がっている。土足のままで上がっていいとの案内に従って、無人のクロークを横手に見つつ、
「♪♪♪」
わくわくしつつも…多少は警戒があるものか。両腕で抱き込むようにしてこっちの腕へとしがみついたまんまのルフィを、そのまま半ば引っ張り上げるようにしてやって、大きな歩幅でどんどんと先へ進んでゆけば、
「お。」
やっぱりくすんだ大きなドアが、行く手へ立ち塞がるように現れた。
「こんなところに倉庫か?」
見た目は木製の塗装になっているものの、触れればひやりと冷たい鉄製。取っ手もがっつりとしたハンドル式のものであり、いかに頑丈で重々しい代物かを語っているようなもの。それへと手をかけ、がたりと引いて起こして、さて。片方の腕でははしゃぐルフィを半ばあやすように懐ろへと掻い込んだまま、残りの手だけで、ぐんと一気に引き開けてみれば。
「…おお。」
「これもパノラマか?」
ルフィが妙な声を上げ、やっほぉとはしゃいだ様子へと惹かれてだろう。少し距離を取っての遠巻きについて来ていた残りの衆らが小走りになってのそばまで駆け寄り、彼らと同じ光景を見て唖然とする。
「な…。」
「凄い…。」
バルコニーのような“張り出し”になったそこから下へという、思わぬ方向へ空間が広がっており。その空間というのがまた半端なものじゃあなかったからで。吹き抜けの3階分もあろうかという高さとそれから、ちょっとした都心駅の構内なんぞによくあるような、巨大な広場や地下モールが連なる、言わば“街”が見下ろせる。煌々と明かりが灯されの、きらびやかなショーケースを並べた様々な店が連なりの、さっきまでの牧歌的な風景の真下にこれがあろうと誰が思おうかというほどに、その差異は凄まじく。
「こちらは、言わばこの島の中央コンコース。
案内所やお買い物ゾーンなどなどが集まっており、
今回のイベントにおきましては、
ゲームの中へと溶け込まない“リアル設定エリア”となっております。」
他の顔触れへもという説明なため、ちょっとばかり堅い言い回しになったりぼんちゃん。観光案内のお姉さんよろしく、片手を掲げて背後を示しつつ、
「もう少し奥まったところには、ご案内に記載しておりました皆様への宿泊施設、ホテル・シャンピニオン“東京ベイ”への順路もございますので。先にチェックインなさりたい方は、そちらのガイド、ミーナちゃんについてって下さいませですvv」
手を入れ替えて差し伸べれば、このバルコニーを降りてくためのそれだろう、彼らが入って来た大きな扉のすぐ真横にあるエレベータのゲージが“ぴんぽ〜ん♪”という軽やかなチャイムとともに扉を開き、広々としたその中に、こちらのリボンちゃんととっつかっつな、何とか魔女っ子学園の制服のコスプレをしたお姉さんが乗っている。
「下へ参りま〜すvv」
かける声音もどこかアニメっぽくて。
「もはや何もかもが“イベントカラー”ってわけか。」
やっては来たが付き添いだから、イマイチこのノリには乗り切れないゾロが、少々冷ややかな汗をかいているのを、その懐ろから見上げて来て、
「ゾロにしてみりゃ、お遊びじゃなくての不思議を、日頃から当たり前にこなしてるんだもんな。」
ルフィがそんな言いようをする。声のテンションがちょっぴり落ちていたものだから、
「…?」
小首を傾げてゾロが見下ろせば。両腕でしがみつくよに抱え込んでの、自分の懐ろへと抱き込んでいるお兄さんの雄々しい腕へ、頬をつけてる坊やのお顔、気のせいだろうか少しほど陰りを帯びてもいて。
“…ルフィ?”
常の明るさやお元気な様子から、ついついうっかりと誤魔化されやすいが、この少年は案外と繊細な部分も持ち合わせてもおり。
「…。」
あり得ない空間から滲み出した邪気を悪霊を、その手へ招いた精霊刀で成敗し封殺する破邪。お遊びどころか、慎重に構えての意識を研ぎすませてかからねば、油断したところへ付け込まれ、命にかかわる怪我だってしかねない、真剣本気の戦いをこなす身のゾロなのを重々知っている彼であり。テレビゲームやアニメの題材という格好で扱われたり…こんな風にごっこ遊びをされているのを見るのは、少々複雑なのかもしれないと感じたらしく。
“ややっこしいことを気にしやがってよ。”
そういうところが逆鱗だったら、最初からこんな場へついて来やしないってのによと、妙なところへの気遣いへと呆れつつ、
「…こら。」
前髪が振り分けになってのあらわになってる真ん丸なおでこを、空いてる方の手を下ろして、ツンツンと指先でつついてやり。何だようと瞬きをするのへ、くすりと微笑う。
「余計なことを考えてんじゃねぇっての。」
遊びに来たんだろうに、何だその顔はよと。そのままぽさぽさな髪をまさぐるように掻き回すように撫で回し、
「や…こら、やめろって、ゾロっvv」
擽ったいだろと転がすような笑い声を上げたところでようやっと手を放してやるのも、いつもの呼吸。幸いにして、張り出しになったここにはもう誰の姿もなかったので、そんな話も出来はしたが、睦まじいじゃれ合いの様子だけは…下からは勿論のこと、ガラス張りになっていたエレベータからも十分見通せての見上げられたそうなので。可愛らしいカップルが紛れ込んでいたもんだと、一部の萌え腐女子の皆様から早速のチェックを入れられたとか。………今更だが大丈夫なんだろうか、こういう集まりにこの方々が紛れ込んで。(う〜ん)
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*前振りで1年かかった凶悪さです。
皆さんももう呆れ返っているかもですね、すいません。(とほほん) |